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東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)78号 判決 1991年3月28日

原告

三上富三郎

大塚幸男

松澤安蔵

松澤宏

戸井正典

大本ゑい

柴田ムメ

鈴木喜久一

安羅岡一男

右原告ら訴訟代理人弁護士

鶴見祐策

千葉憲雄

被告

東京都世田谷区長

大場啓二

右指定代理人

河合由紀男

外四名

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年三月一五日付けで建築基準法四二条一項四号に基づいてした、昭和五〇年四月二六日東京都世田谷区告示第四七号で決定された区域を道路区域とする道路の指定(指定番号第四号)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和六〇年三月一五日付けで建築基準法四二条一項四号に基づいて請求の趣旨1掲記の道路の指定(以下、この指定を「本件道路指定」といい、また、この指定に係る道路を「本件道路」という。)をし、同月一六日付けでこれを告示(東京都世田谷区告示第四〇号)した。

2  本件道路指定については、道路法による新設の事業計画のある道路で二年以内にその事業が執行される予定のものであることがその要件となっている(建築基準法四二条一項四号)。ところが、本件道路指定は、次のとおり右の要件を欠いているから、違法なものというべきである。

(一) 本件道路に対しては、生活環境保全の立場から周辺住民の圧倒的多数の者がその計画に反対しており、また、本件道路はその一部が学校法人恵泉女学園の校舎敷地にかかることになるが、同法人としても、右敷地を道路用地に提供することが絶対にでき得ない状況にある。したがって、本件道路については、二年以内にその事業が執行されることが客観的に不可能であるから、本件道路指定は、右の要件を欠く違法なものというべきである。

(二) また、本件道路指定は、その前提となる区道の路線認定及び区域決定の処分に、次のとおり道路法等に違反する点があるから、この点からしても違法なものというべきである。

(1) 道路法八条の規定によれば、市町村長等が路線認定しようとする場合にはあらかじめ議会の議決を経なければならないものとされている。ところが、本件道路については、議会の議決もなくしたがって未だ路線の認定もない段階で、道路予定の区域を定め用地の買収を行うという手続が取られてしまっている。このように、地域住民の利害に深くかかわる道路の開設について、住民の代表によって構成される議会の議決に先行して道路用地の買収等を行うことは、右の法の趣旨に反することは明らかである。

(2) 本件道路が開設されると、その区域に居住する住民はもとより、近隣周辺の住民も、大量の車両が通過することによる交通事故の危険、排気ガスによる大気汚染、騒音、震動等による被害を被ることとなり、その安全平穏な生活が脅かされるに至ることは必定である。このような結果をもたらすことが明らかな処分は、地方公共団体が住民の安全、健康及び福祉を保持する事務を処理すべきことを定めた地方自治法二条二項及び三項一号の規定に違反するものというべきである。

また、本件道路の計画に対しては住民の圧倒的多数の反対があることは前記のとおりであり、しかも、本件道路は、その構造上、いわゆる通過道路としてしか機能せず、地域住民の生活の利便にはなんら役立たないものである。したがって、右処分は、地方公共団体がその事務を処理するに当たって住民の福祉の増進に努めるべきことを定めた地方自治法二条一三項の規定にも違反するものというべきである。

(3) 更に、本件道路の南端部分(世田谷区経堂三丁目四四七番地付近)は、南から北に向かって急坂を成し、かつ頂上付近でカーブする設計になっているが、これは車の通行上極めて危険な構造であり、道路の構造の安全性を定めている道路法二九条の規定に違反する。また、本件道路の北端部分は、東西に通ずる赤堤通りと東南から北西に通ずるすずらん通りとの交差点となっているため、本件道路が開通すると、この部分は変形交差点となり、安全かつ円滑な交通を適法に確保することが不可能となる。このような事態は、道路の構造が安全かつ円滑な交通を確保することができるものであることを要求している右二九条の規定に違反するものというべきである。

のみならず、道路法三〇条は道路の種類ごとに道路の構造の技術的基準を道路構造令で定めるものとしているが、本件道路については、その地形が南端から北に向かって登り勾配になっているため、その南端及び北端の両交差点の取付け部分を除いた部分を急角度の坂道とせざるを得ないこととなり、道路構造令に定められた構造の基準に適合する形の道路を敷設することが技術的にみて不可能な事情がある。所詮、本件道路は、その構造からしても、実現の見込みの立たないものといわざるを得ないのである。

したがって、本件路線認定及び本件区域決定は、この点からしても違法なものというべきである。

3  原告らは、いずれも、本件道路の区域内の土地又は建物の所有権者その他の権利者であって、本件道路指定によって、その権利の行使に制約を課せられている。

4  そこで、原告らは、東京都世田谷区建築審査会に対し、昭和六〇年五月四日、本件道路指定について審査請求をしたが、同審査会は、昭和六一年三月二六日、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

5  よって、原告らは、被告に対し、本件道路指定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、道路法による新設の事業計画のある道路で二年以内にその事業が執行される予定のものであることが道路指定の要件とされていること、本件道路の設置について周辺住民の反対があること、区域決定された道路の区域内に学校法人恵泉女学園の校舎敷地が存在することは認めるが、その余の事実は否認し、本件道路指定が違法であるとの主張は争う。

3  同3及び4は認める。

三  被告の主張

1  本件道路指定の経緯は次のとおりであり、本件道路指定は適法になされたものである。

(一) 世田谷区においては、昭和三九年ころから本件道路開設の準備を始め、昭和四一年三月ころからその用地の買収を進めてきた。その後、昭和四八年一一月三〇日になって、世田谷区議会は、本件道路について、道路法八条二項の規定に基づく路線認定の議決をした。

(二) 被告世田谷区長は、昭和五〇年四月二六日、地方自治法二八一条二項、二八一条の三第一項及び二八三条二項並びに道路法八条一項の規定に基づき、本件道路について路線の認定(以下「本件路線認定」という。)をして、所定の事項を公示し、同日、道路管理者の長として、道路法一八条一項及び九七条の規定に従い、右路線に属する道路の区域の決定(以下「本件区域決定」という。)をした。

(三) その後、昭和六〇年三月九日、本件道路の開設を担当する世田谷区土木部長から、被告の事務を補助する世田谷区建築部長に対し、本件道路について建築基準法四二条一項四号の道路指定をするよう依頼があった。

その時点において、本件道路開設の事業計画については、その道路用地面積の四〇パーセントを超える土地を取得済みであり、その一部の仮舗装などの整備も行われるという事業執行の実績が既に存在しており、その余の事業の執行期間は昭和六〇年度から昭和六四年度までの五か年計画とされ、昭和六〇年度における道路用地取得の予算措置も講ぜられていて、昭和六一年度末までには全体の七〇パーセントを超える面積の道路用地の取得が予定されていた。

そこで、被告は、道路法による新設の事業計画のある道路で、既にその事業の執行に着手されており、近い将来において道路の開設が完了することが予想できるものとして、本件道路について本件道路指定を行ったものである。

2  原告は、本件路線認定及び本件区域決定が道路法等に反する違法なものであるから、それに基づく本件道路指定も違法であると主張する。しかし、建築基準法四二条一項四号による道路の指定は、道路法による新設の事業計画のある道路であることを要件として行われるものであって、右事業に係る具体的な道路法上の路線の認定又は区域の決定が実体法上瑕疵のないものであることまでを要求しているものではないと解すべきところ、原告らが指摘する違法事由は、いずれも本件路線認定又は区域決定に関するものに他ならず、本件道路指定自体の違法事由とはなり得ないものである。

また、道路法上の路線の認定及び区域の決定と建築基準法上の道路の指定とは、それぞれ目的及び要件を異にする別個の行為であって、前者の違法性が当然に後者に承継されるものでもないし、道路法に基づく路線の認定又は区域の決定が行われれば当然に建築基準法に基づく道路の指定が行われることとなっているわけでもなく、法律上両者の間には、一方が他方の直接の原因となるという関係も、密接不可分の関係も存在しない。したがって、本件路線認定又は区域決定が違法であるからといって本件道路指定が違法となることはない。

3  更に、原告らが本件道路指定の違法事由として主張する事由の多くは、いずれも原告らの個人的利益の保護とは関係のないものであるから、行政事件訴訟法一〇条一項の規定により、本件道路指定の取消しを求める理由とはなり得ないものというべきである。

四  被告の主張に対する原告らの認否及び反論

1  被告の主張1(一)のうちその主張の日に世田谷区議会の路線認定の議決があったこと及び同(二)は認める。ただし、本件道路については、もともとその開設の必要性は全くなかったものを、当時の世田谷区政担当者の、区民を無視した、区政の私物化ともいうべき契機から、その開設が発案されたものである。また、右区議会の議決も、本件道路用地買収費用の支出が違法であるとする住民訴訟を提起されていた当時の区長らが、自らの違法行為による責任の追及を免れるために議会の一部議員と結託して行わせたものであり、不純な動機に基づくものであるばかりか、必要な調査や審議も経ずに行われた手続的にも違法なものである。

2  同1(三)は否認する。

原告三上が自宅の改築のために世田谷区建築主事に対して建築確認申請を行ったのが昭和六〇年三月一一日であり、このことを知った被告が右申請を退けるための手段として急遽本件道路指定を行ったものであることは、客観的な事実経過からして明らかである。この点で、本件道路指定は、被告の権利濫用によって行われたもので、違法なものである。

また、本件道路計画に反対する近隣住民は依然大多数であり、道路開設についてのコンセンサスが得られていないことからして、近い将来に道路の開設が完了することを予想することは到底不可能な状況である。本件道路については、二年以内はもとより、将来的にもその開設が実現する可能性はなかったものというべきである。

3  同2の主張は争う。

建築基準法四二条一項四号は、道路法による新設の事業計画のある道路であることを本件道路指定の要件としているのであるから、本件道路指定が適法であるためには、その前提となる道路法による路線認定及び区域決定が適法であることを要することは当然であり、本件路線認定及び本件区域決定が違法であれば、本件道路指定も違法となるものというべきである。

4  同3の主張は争う。

本件道路指定によって、原告らは、その所有する土地上に建物等を新築することが不可能となったばかりか、既存の建物等についても改造、補修が自由にできなくなっている。そのうえ、その所有土地を他に処分することも、事実上極めて困難となっている。更に、本件道路が完成すれば、それに伴う様々な生活環境の悪化や危険が予測される。これらの事情は、原告らの法律上の利益にかかわる重大な問題である。

第三  証拠<省略>

理由

一被告が昭和六〇年三月一五日付けで本件道路指定をして同月一六日付けでこれを告示したこと、原告らがいずれも本件道路の区域内の土地又は建物の所有権者その他の権利者であって本件道路指定によってその権利の行使に制約を課せられていること、原告らが東京都世田谷区建築審査会に対し昭和六〇年五月四日に本件道路指定について審査請求をしたが、同審査会が昭和六一年三月二六日に右審査請求を棄却する旨の裁決をしたこと、以上の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、本件道路指定に原告らが主張するような違法事由があるかどうかについて検討する。

1  まず、原告らは、本件道路指定の前提となった路線認定及び区域決定に道路法等に反する違法な点があるから、それに基づく本件道路指定も違法であると主張する。

しかしながら、道路法による道路の開設(路線認定、区域決定等)と建築基準法による道路の指定が、それぞれその目的、効果等を異にする別個の行政処分とされていることは関係法規の定めからしても明らかなところであり、またその処分の主体の面でも、本来的にその権限が同一の行政主体に付与される建前になっているわけでもない。このような事実からすれば、被告が本件道路指定を行うに当たっては、専ら道路法による新設の事業計画のある道路であるか否か等の建築基準法四二条一項四号が規定する要件の有無のみを判断することが要求されているものと解されるのであって、当該道路に係る具体的な路線認定及び区域決定の適否についてまで改めて審査を行うことは、本来予定されていないものというべきである。すなわち、道路法に基づく路線認定及び区域決定と建築基準法に基づく道路指定は、それぞれ別個の独立した行為であって、路線認定及び区域決定が違法であるからといって、当然に本件道路指定が違法となるものでもないと考えられる。したがって、被告としては、仮に本件路線認定及び本件区域決定に原告が主張するような違法事由があったとしても、道路法による新設の事業計画のある道路であるという要件を充たす限り、適法に本件道路指定を行うことができるものといわざるを得ないのである。

もっとも、右の路線認定や区域決定に、何人の目から見ても明らかなような重大な違法事由があり、そのために右の路線認定等が無効であると認められるような場合には、これを前提として行われる本件道路指定も違法となるという事態が考えられないわけではない。しかし、本件路線認定や区域決定の違法事由として原告らの主張するところは前記のとおりであり、仮にその主張するような事実関係が認められたとしても、それが右路線認定等を無効ならしめるものとは到底考えられないことは、その主張自体からして明らかなものといわなければならない。

したがって、いずれにしても、この点に関する原告らの主張は、それ自体失当なものというべきである。

2  次に、原告らは、本件道路指定から二年以内はもとより将来においても右道路新設の事業計画が執行されることは客観的に不可能であるから、本件道路指定は違法であると主張する。

そもそも、建築基準法四二条一項四号が二年以内にその事業が執行される予定のものであることを道路指定の要件としている趣旨は、道路法等の規定に基づいて道路が新設される場合、当該事業計画上道路の予定位置が決定されてから築造工事を経て現実に道路が完成するまでには相当な期間を要することが多いため、その間に計画道路を前提として築造される建築物について接道要件を欠く等の支障を与えないようにするとともに、他方では、計画道路の敷地内に建築物が建築されるような事態を避け、道路新設事業の円滑な施行を図るということにあるものと考えられる。ただ、右の道路指定がなされると、その道路部分に建築物を建築することが許されなくなるという私権制限の法的効果が発生することから、道路開設事業の具体的な執行の見通しが立っていない場合についてまで右の道路指定を行うことは相当でないものとして、二年以内にその事業が執行される予定であることをその要件としたものと解されるのである。

右のような規定の趣旨からすれば、この「二年以内にその事業が執行される予定のもの」とは、二年以内にその事業の執行に具体的に着手される予定があるものであることを意味するものと解するのが相当であり、二年以内にその事業が完成されることが予定されていることまでを要するとすることは相当でないものというべきである。

これを本件について見ると、<証拠>によると、本件道路指定の際には、既に世田谷区においてはその道路用地の一部を取得済みであり、その仮整備も行われていたことが認められる。右事実によれば、本件道路指定の時点において、既にその事業の執行の具体的な着手があったものというべきである。したがって、本件道路指定については、二年以内にその事業が執行される予定のものという要件を充たしていたことは明らかであり、原告らのこの点に関する主張も理由がないこととなる。

3  また、原告らは、本件道路指定は、被告がその権限を濫用して行った違法なものであるとも主張する。

しかし、被告が原告三上からの自宅改築のための建築確認申請を退けるための手段として本件道路指定を行ったとの原告ら主張の事実については、これを認めるに足りる証拠はない。かえって<証拠>によれば、被告が本件道路指定を行うに当たっては、関係部局間で必要な協議や審査等が行われていたところ、原告三上の右建築確認申請の行われるより前の昭和六〇年三月九日に世田谷区土木部長から建築部長に対して右道路指定を行われたいとの正規の依頼があり、これに基づいて右道路指定が行われたものであることが認められる。右事実からしても、被告が本件道路指定を行うに当たって原告らの主張するような方法でその権限を濫用したものと認めることは困難である。したがって、この点に関する原告らの主張も理由がないというべきである。

4  以上のとおり、本件道路指定には原告らが主張するような違法事由はないから、本件道路指定は適法になされたこととなる。

三よって、原告らの請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官市村陽典 裁判官小林昭彦)

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